御祭神: 神大市姫命
豊岡市日高町府市場字楮根935
伊智神社/いちじんじゃ (式内社)
境内のご由緒書きによれば、太宝3年(703)国司・櫟井臣春日麿がその祖神を祀ったものだという。
これまで「八王子大権現」と称していたが、明治2年、伊智神社と改称した。明治6年10月村社となる。
境内社は境内右手に日吉神社(祭神:大山咋神)、境内左手に平成元年10月新改築された長屋式の覆殿があり、中には左から、一宮神社/愛宕神社/須賀神社(祭神:須佐之男命)/芝神社/稲荷神社の五社がある。
伊智神社の鎮座する府市場は、東部の国府市場と西部の手辺(てへん)という二つの地域から構成されており、昔の国造りの中心として栄えた但馬国府跡とも推定されている。
JR江原駅前の国道312号線を豊岡方向に進み、全但バス「堀」のバス停手前を右に入ると、「日高東部デイサービスセンター」に続く道がある。
一本道を奥まで進み、突き当たりにあるセンターより100メートルくらい手前を右に見ると、畑の中にこんもりとした鎮守の森が見える。そこが伊智神社で円山川が蛇行しているあたりに隣接している。
神社へ続く細道は、突き当たると円山川の土手で、境内の横からも入ることはできるが、鳥居は土手まで突き当たって曲がった所にある。鹿よけの電気が通った鉄条網が張り巡らされており、触れないように注意しながら入る。
参道の両側は杉木立で、式内伊智神社の社名標が見える。
幾つかの鳥居を経て、境内へ。
横からもずっと見えていたのに、正面から参道を進んでみるとまた違った気分になる。
府市場の「市」が示すように、この地域は昔は街道沿いにあらゆる店が軒を連ね、但馬のあちこちからも商人が集まるような市がたった。現在はほとんどその面影はないが、昭和7,8年頃まではそのような商業地域だったという事らしい。
その頃から伊智神社の祭礼は大変に賑わい、手辺と国府市場の二地区でそれぞれ唐破風の豪華な屋台を保有していた。昭和27年の最後の屋台巡行では、裃姿の男衆が太鼓・鼓・横笛・鉦・三味線を弾き、屋台の上では子供達が手踊りを披露したという。
その後、平成8年に屋台は再建されたそうだ。
現在、再建された神輿渡御では、伊智神社旗を先頭に、天狗/白兎/見通し/立ち傘/長刀/鉾/大鳥毛(白)/大黒毛(黒)/先箱/御刀(みはかし)/金御幣/神職/氏子総代/区役員・・・・が供行列を行っている。
伊智神社は、拝殿はなくていきなり本殿がドカーンと鎮座している。
大きさはあまり大きくないが、立派なつくりで、厳粛な感じがする。
覆い屋もないので、風雪をまともに受けるだろうな・・・水害の時など心配だな・・・と思った。
本殿の屋根の懸魚には、鬼瓦ににた獅子(?)のようなものがあった。
向拝の彫り物と木鼻。
狛犬と灯篭
右横から見た本殿と、境内社覆殿。
境内社「日吉神社/祭神:大山咋神」(左)と蔵(上)。
蔵の入口扉には、神紋の『違い柏に三つ巴』が見える。
境内にあった宝篋印塔は、この近く「上郷」の満中山の城跡より出土したものを近年境内に移転したらしい。
上記の社庫のほかにももう一つ社庫があり、風化しているが色彩が美しかった。