ここに池田新七が妹に国と言へる女あり。
生まれつき片足が屈まって自由ならず。人並みに歩行なり難きが故、縁付きならず、兄新七が世話となりて在りしが、草の庵を結び身を隠して居りたりける。

法名を付けず俗尼なれども、一寸八歩の観音の霊像を持てり。
この観音は黄金仏にて、先年沢右衛門、己が妹と偽り都よりつれ帰り掃部の後妻にせし悪人牧女が守り袋に入れたる尊像なり。

その頃沢右衛門と心を合わせ、継子の左衛門を呪詛し神木に祈釘を打ちし時、狼これを喰い殺さんと付き回りうかがえども霊像を懐中せる故、側へよる事ならざりしに、観音も悪人をば捨てさせ給ふにや、狼諏訪明神の神力を借り、終に悪女を取りしなり。

お国は助次郎が娘にて勝五郎、新七が妹なるがゆえ、狼の化身の牧女深くいたはり子が如く愛せし為、実の母より大切に仕へしが、牧女お国へかの守り袋に入れし尊像を譲り、

「其方は人並みならぬ身なれば縁づくことならず、一生わが側へ居て我に仕へよ。
我もし世を去らば、この観音廉略にならぬ様、汝是を念じ、深く信仰せば御利生あるべし。必ず粗末にすべからず。」と、国女に譲りける。

国女悦び守り袋を仏壇に祭り常々是を信仰せり。
その後、牧女の変身顕はれ失せたりし時、世間には頓死なりと披露し、葬式とり行ひしを、お国まことと思ひ、深く歎き悲しみ、親に離れし如く臥し沈みしが、この時尼となり、牧女の譲りし尊像を主人の形見なりと身を離さず、紫の庵にとぢ篭り、牧女追善を惰らずして年月を送りしが、霊仏の御利生にや、後には屈みし足自然と延び、歩行人並みにまりしは此観音の仏力なり。

それより諸人此霊像を尊敬し、思ひ思ひの願をかけけるに、霊験の御利生速やかなりければ、何となく施物集り、終に観音の小堂を建立しわが身是を守護して日を送る。

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助次郎が娘、国女、観音信仰の事    付、妙蓮尼奇瑞の事