その2
 (つづき)

 その旨心得、夕方より掃部の家へ帰りける。夜に入れば病人鶴千代に気をつけ、舎弟喜代若と武芸稽古の事など物語して台所に休みける。勝之助、今年十七歳なれども、常々心がけよき者ににて太刀を枕とし、帯をも解かで休息す。

 明る夜も病人の伽して夜半の頃まで居たりしが、深更に及びて臥したりし。既に夜も八ッ半と思ひし頃、門の戸を荒らかに叩く者あり。誰ぞと問へば助次郎也。今帰りしといふ。勝之助起き上がり戸口に出で戸をあけんとせしが、油断なき者なれば、掛け金にしかと手を掛け、主人も帰りたまひしや。いや急用にてわれらばかり帰りしと。

 その語音、父の声にあらざれば猶も不思議に思ひ、いかなる急用なれば夜通しには帰りたまふぞ。されば大切の急用なればここにては言ひ難し。何とて戸をあけぬぞ、あららかに言ふ。

 勝之助いぶかしみながら、かく寒き夜に道を急ぎ気をせけば声の変るることもあるものなり。その上われかくある上はいづれの事ありとも苦しからずと思ひ、掛け金を外し戸の後ろにまはり、少し引き明ければ、外より無理に押し開き、黒き頭巾を着たる大の男、5人まで続きて内に入るを見れば、父にあらずして強盗と見えたり。

 勝之助、さてこそと思ひ声荒らげ、かく夜中に会釈もなく押し入り込むは何者なるぞ。鬼王の如くなる者立ち並んで、小ざかしきわっぱかな。われらはこの内に金子あることを知り、奪ひ取らんため来りしなり。汝金の在りかの案内ぜば助け得さすべし。

 邪魔ひろかば只一討と、皆々抜き身を提げたり。勝之助、少しも臆せずいかにも汝らが察するが如く、少しは金の貯へもあるべけれども、主人の宝なれば我らがかって在る所を知らず。よし知りたりとも、其方たちに与ふべき金はあるまじ。早く帰らばその侭ゆるし遣わすも、思ひあなどって無礼をなさば目に物見せて得させんと、太刀の柄に手をかけたり。

 強盗怒って、さては手強き小倅、只一打ちにせよといふ侭に、二人抜打ちに切ってかかる。勝之助、ヒラリと身をかはし渡り合ふぞと見えしが忽ち二人を切り倒す。三人これを見て左右より切ってかかるを事ともせず、身をかはすこと飛鳥の如し。

 ひらめく太刀電に異ならず。さしもの三人、ここかしこ切り倒され、5人の死骸広庭に算を乱して倒れ伏す。この物音に驚き、内室綾女、なげしに掛けし長刀の鞘をはづし出でければ、側に臥したる下女などは恐れわななきここ彼処に隠れける。一人の下男外に臥したるが庭に馳せ入り、此の有様を見て、どうてんし、草履をも脱がず座敷をさしえt逃げ上ぼる。

 鶴千代は大病なれば枕刀を杖につき母の後ろに立ちたりける。舎弟・喜代若十二歳なりしが、短刀を抜き持ち、真向にかざして走り出で勝之助が側に行き、汝斬られはせじかと。勝之助打笑ひ、何条斬られ候ふべき。

 喜代若、幼少なれども庭に飛び降り死骸を見廻りけるが、未だ息絶えずしてにじりまわる者二人あり。喜代若、飛びかかり二人が胸板三刀づつぞ刺したりける。綾女は左に病人鶴千代の手を引き右に長刀を持ちながら、勝之助が怪我なきを悦び、下女や下男を呼びけれども、皆驚き恐れ側になし。

 勝之助は血刀押し拭い、少しも動じたる気色なく喜代若の手を引き座敷に上がり、御無用なりしといふ。綾女二人をつくづくと見て涙を浮かべ、誠に蛇は一寸にしてその気を吐くとや。その方の祖父、助左衛門と言ひし人は、当家の譜代の忠臣にて、武功の人なりしと聞く。わが舅、左衛門殿の父上、信豊殿に従ひ、度々の合戦に軍功ありし由。

 されども主従とも運拙く民家に降りたまひし事、是非もなき次第なり。その方が今宵の働きを見れば、いまだ十七歳の小腕と言ひ、加勢の者とては一人もなきに、屈強なる強盗5人まで討ち取り、わが身は少しの薄手をも負はず。

 伝へ聞く鞍馬の牛若とやらんは江州宿にて、初太刀に多くの強盗を討ち取りしと聞きし。恐ろしき達人なりと思ひしに、今宵の振舞、古への牛若丸に等しき働き也。これにつきてもその方の祖父・助左衛門の昔思ひやられ候ぞや。

 また、喜代若が幼少の身として、かく恐ろしげなる強盗の切り倒されし姿を見て少しも恐れず、止めを刺したる心の不敵、曽祖父・信豊殿の孫なるべし。鶴千代は大病にて全快の程も覚束なし。とにもかくにも喜代若をばその方に頼むぞと、涙を流し袖を顔に当てられける。

 勝之助、何とてさように心よわげなる事を仰せ候ぞ。何条乞食に等しき強盗の、百や二百たりともさのみ手柄とするに足らず。只大切は、鶴様の御病気この上風など引きたまひなばあしかるべし。早く御病床へ御休み候様、御介抱なさるべし。夜の明くるに間もあるまじ。拙者は盗人等が死骸を片付けさせ、御庭を清め申すべしと納まり切って居たりしは、流石、池田助左衛門が孫なりと見えし。

 やがて夜も明けなんとせし故、近所の農夫を招き、掃部の方へ飛脚を立て、この旨領主へ届けしかば、早速検使として多田与市、池田彦大夫、来りてよくよく死骸を改めける。池田彦大夫は助次郎が弟にして勝之助が伯父なり。

 前に彦三郎といふ。勝之助が手柄をほめ、委細様子を聞き取りける。間もなく掃部の主従馳せかへり始終の様子をきき、夕夜半の頃しきりに胸騒ぎせし故、助次郎起こせしが、これも胸動する由申すにつき、さては鶴千代が病気変あると思ひ、未明に林甫を発足せしに道にて飛脚に逢ひ、様子聞けば思ひの外なる珍事也。

 しかし、家内に別状なく、勝之助が働き天晴なる手柄なり。これ偏に大島兵庫殿の御蔭にて武芸に達せし故なりと称美しける。それより彼の強盗共の死骸を下なる谷川の深みに引き出し。面体の血を洗ひ落として見るに、近辺の者にてもなく、さては諸方より集まりし悪党ならん。早々河原に埋むべしと也。

 この騒動により集まりし農夫の中に、かの死骸に目をつけて言ひしは、この5人の内に、姿よく見えて左右の腕を切り落とされたる者こそ、いつぞや三谷の沢右衛門と同道して折々ここを通りたる者ならん。面体着類等見知りなりと言ふ者あり。(次のページへ) 
 助次郎が嫡子・勝之助夜盗を討ち取る
 狼、掃部の田畑を守る事